日本人として生まれてきた意味
2023/10/30
マレーシアはコタキナバルというところへ一週間ほど行ってきました。
日本へ帰ってきて数日たち、やっと通常運転で過ごしています。(まだ部屋にはスーツケースが放置されたままですが。笑)
マレーシアといえば都会のイメージがある首都のクアラルンプールで、なぜコタキナバルへ?と聞かれるのですが理由は旦那さんの仕事で行きました。もちろん子供も一緒に。(赤ちゃんと旅行について色々聞きたい方はまた質問ください!!たったの一週間ですが東南アジアで赤ちゃんとの生活はかなり鍛えられました。笑)
今回、海外旅行へ行ったのはコロナ前の2019年、陰ヨガティーチャートレーニングでバンコクに行った以来でした。
これまでも海外旅行といえば、お隣の韓国にしか行ったことがなくて海外経験が浅い私は初めてのマレーシア、しかも田舎要素の強いコタキナバルで色々と感じることがありました。
一つは宗教の異なるもの同士が一緒に暮らしていること。
恥ずかしながら、マレーシアでは多国籍民族同士が一緒に生活していることを知らず、世界では宗教同士の争いや対立が絶えない中で言語や文化が違うもの同士が共同生活していることに衝撃でした。
そしてもう一つは貧富の差。
ある日、街を歩いていてスラム街とまでは言いませんが、そんな雰囲気が漂うような路地に入ってしまい、今にも崩れ落ちそうな家に道脇にはねずみが走り回り、生活排水も垂れ流しでテレビの世界でみるような光景を目にしました。(マレーシアは治安は良い方とは聞きますが子供と二人で歩いてたので少し怖かった^^;)
そんな光景を目の当たりにしながら、ちょうどスコールが降ってきたので雨宿りをしている最中、
マレーシアでの貧富の差について調べたり輪廻転生(ヨガ哲学にも共通します)のこと、日本人の魂レベル、私たちが日本人として生まれてきた意味や、私の今世での使命ってなんなんだろうと、考えても答えが出ないようなことを1時間程道の端に座ってぼーっとしながら考えていました。^^;
インド哲学で有名なバガヴァット・ギーターには今世でヨガに出会えた人は前世でもヨガをしていた可能性があるといいます。私たちが今こうして日本で自由にヨガを練習できる環境があるということはきっと何かの意味があるのだろう。
そして日本人として生まれてきたことにも意味があって、この時代に生かされている自分は恵まれているのだと今回の旅で実感しました。
ヨガは魂の修行。肉体的アプローチだけではないことをグループレッスンでもたまにお話しますが、スタジオにはヨガ初心者の方も多いですし、こういったお話しはどうかな?と遠慮していましたがこういった哲学的なお話しもまたいつかクラスでお話しする機会があればいいなと思います^^